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ゴロフキンの強さの秘密は生い立ちにあり

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強さの秘密
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ゴロフキンの強靭な肉体とあの屈強な精神はどこから生まれてきたのか。
ゴロフキンの生い立ち、人柄を調べてみました。

ゴロフキンの生い立ち

ゴロフキンの物語は1990年代中央アジア、カラガンダから始まります。

1991年。
ゴロフキンが9歳の頃にカザフスタンはソビエト連邦から独立しました。
これだけでも分かるように、ゴロフキンは厳しい幼少期を過ごしていたようです。

ゴロフキン

ソビエトの崩壊後は大変だった。
仕事もなく、生活を良くするために戦わなければならなかった。

ゴロフキンの父親はカラガンダの炭鉱で長時間労働に従事し、母親は朝鮮からの難民で化学研究所のアシスタントとして生計を立てていました。

ゴロフキンは4人兄弟、双子の弟として生まれました。
4人の内、2人の兄は幼い弟や両親のため軍人として家計を助けていました。

しかしその二人の兄は戦場で死んでしまいました。
彼等の遺体は家に帰ることも出来ず、棺は空のまま埋葬されています。
その二人兄の死がゴロフキンに多大な影響を与えたのは間違いないないでしょう。

カザフスタンは当時、弱肉強食の社会でした。
それが残された双子の兄弟を強くしたのです。

彼らは生きるために戦い始めました。
通りを歩き回り、彼らより大きな相手との戦いに挑みます。
それも幼稚園児の頃から毎日です。

ゴロフキンは父親と同じようには炭鉱へは行きませんでした。
しかし、来る日も来る日も炭鉱から帰る父や他の労働者が疲れ果て、すすだらけになっているのを見て、炭鉱労働の過酷さを理解するようになりました。

その過酷な強制労働の恐怖が彼を345勝5敗というアマチュアボクサーとして驚異的なレコードを達成させました。
その中にはオリンピック銀メダル、世界選手権金メダルの勝利も含まれています。

ボクシングを始めて少しするとゴロフキンは自分の力に気がつきました。

ゴロフキン
10歳の時に死に別れた兄にボクシングジムへ連れていかれたよ。
その時私は自分が他人とは違っていることを知ったんだ。
そこではコーチは常に私より大きい選手達と戦わせた。
市内にある全てのジムに連れていき、ありとあらゆる相手と戦わされた。
毎月アマチュアの試合にも出場した。

闘犬のように戦ったよ。
コーチが「こいつだ」「こいつだ」と連れてくれば、「OK!コーチ」といって誰とでも戦った。
コーチは金を貰っていたのかもしれないしクレイジーだったけど、いい経験になった。

私は兄にボクシングを教えてられてからずっと戦いに身を捧げてきたんだ。
自分と家族のために。

ゴロフキンの人柄

トレーナー、サンチェスにとってのゴロフキン

アベル・サンチェス

ソビエトの崩壊は彼の家族だけでなく、そこに住む全ての人に過酷な状況だったことを思い出さなければならない。

カザフスタンは突然国として独立し、誰のバックアップもなかった。
食べ物も水も、安全でさえも保証されていなかった。

カザフスタンは立ち上がるのに2~3年を要した。
その過酷な状況において、彼ら兄弟は家族をそして自分自身を守る必要があった。
だからこそ精神的に強くならなければわならなかったんだ。

プロモーター、トム・ローファーにとってのゴロフキン

トム・ローファー

ゴロフキンのような選手は見たことがない。
彼は自信に満ちているんだ。
でもそれは誰かから与えられたものじゃないことも分かっている。

普段のゴロフキンはのんきな男だよ。
いつも笑っているし、優しい雰囲気を絶やさない。
でも兄弟の話に話題が及ぶと心を閉ざして黙ってしまうんだ。

兄弟の死に関する詳細な話は彼から聞いたことがない。双子の兄のマックスからもだ。

でもそれは尊重されるべきだし、多分ゴロフキン自身も詳しくは知らないのかもしれない。
気分のいいものじゃないだろうから。

数年前アンディー・リーとの試合をしようとしていたときに彼の父親も亡くなった。
彼らは仲のいい緊密な家族だったから、とても影響を与えたよ。

ゴロフキン
「アマチュア時代から国を代表できるのは名誉だ。
全ての人たちへの尊敬は忘れない。」

適当に調べた内容をまとめてみました。
なんとなくゴロフキンの強さが分かりました。
ゴロフキンの戦い方は彼の生き様そのものなのかもしれません。

コメント

  1. Floyd より:

    こんなエピソードがあるとは、知りませんでした。ゴロフキンに対する愛が少し深まりました(笑)
    ボクシングの未来を思えば、若くて人気のある疑惑の王者カネロを応援するべきなのかもしれませんが、逆境から文字通り拳1つでのし上がったゴロフキンが、自分は好みです。

    • とーとぅーとー より:

      Floydさん
      シーサケットにも面白い物語がありますので時間がある時にまとめてみたいと思います。

      おっしゃるとおり、カネロが勝つほうがボクシングビジネスにとってはいいかもしれません。
      てすが、一番はゴロフキンからジャーモル・チャーロのような好戦的な選手に「直接」バトンを繋げていくことです。

      チャベスからデラホーヤ、そしてパッキャオと繋いできたように、美しいバトンパスが必要なんだと思います。

      • Floyd より:

        次の世代の若者に引導を渡されるのも、絶対的と呼ばれたチャンピオンの仕事なのかもしれませんね(笑)
        自分もその相手は、カネロよりチャーロのほうがふさわしいと思います。(村田さんでもいいのよ)
        ミドル級の行方を、見守りましょう!

        • とーとぅーとー より:

          村田諒太は素晴らしい素質ですが、国内に留まるなら…
          ブランダムラ…誰なんだよお前…

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